エクスドリーム(完結)

奇書、奇書、奇書。

2013年12月

 世界は終わる。
 世界は始まる。
 世界は回る。
 くるりくるり回っていく。
 くるくるくるくるくるくる回る。
 僕はまるでモルモット。
 実験用のモルモット。
 実験用のモルモットのように回る。
 くるくる回る。
 くるくるくるくるくる廻る。
 くるくるくるくるくるくるくるくる狂う狂う。
 くるりくるりと、狂っていく。



 ――とあるマンションの一室。
 
 電気も付いていない、暗いリビングの中、ソファーに座り呆然とTVを観ている少年の後ろ姿があった。

 TVからはニュースキャスターの声が聞こえてくる。

 少年はずっと部屋の中に引きこもっていた。

 TVでは猟奇事件について白熱した討論が交わされていた。それもまた日常。

 非日常こそが日常で、日常こそが非日常なのだ。

 だから、さっさと眠って現実に帰ろう……そして秋涼に日常が訪れる。


 こうして世界は繰り返される。

 脳髄という迷宮の中、輪廻していく。



                                                                             END.

 2


 路地裏に来た秋涼は衝撃の光景を目撃した。
 そこには血溜まりの中で倒れている1人の男がいた。

 ――死んでいた。

 信じられない光景。
 だが、しかし。
 秋涼にはもっと信じられないものがあった。
 それは。さっきまで話していた田辺杏子が、首を切られて死んでいる光景。
 そして。田辺杏子だったものの前に立つ1人の男。それは――。

「どうして……お前、星……星亮一なのかっ」

「よう、在久。久しぶりだな」

 秋涼在久の親友、星亮一だった。

「お前……な、なんで……まさかこれは……」

 秋涼はもはやまともな思考が働かない。
 対して、星亮一はいたって冷静であった。

「ああ、俺がやった。まぁなんだ……ここじゃあれだから場所を移そうや」

 眼前に広がる光景をまるで気にした風でもなく、秋涼を連れてその場所を去っていった。
 歩く歩く歩く歩く。秋涼は星と歩いた。どこに向かっているのかは分からないが、秋涼はその間ずっと黙っていた。

 
「……なぁ、星。優美が、大宮優美が死んだ」

 前振りもなく、星が言った。

「……知ってるよ」

 そうか、やっぱりな――と秋涼は思った。星なら知っていてもおかしくない、と秋涼はそう思えた。
 今や星は死を運んでくるものなのだ。星は死神なのだ。
 星亮一は田辺杏子を殺した。いや、彼女だけではない。きっと血溜まりの中で倒れていた男も星が殺したのだろう。

 もしかしたら大宮優美だって――そう秋涼が思ったとき。

「なぁ、在久。お前はこの世界をどう思う?」

 星は独り言でも言うかのような声で尋ねた。

「え? なにを突然……」

「お前は思わないか……この世界は本当に正しい世界なのかって。もしかして世界は偽物なんじゃないかって」

「……なに言ってるんだ?」

「なぁ、在久。黒幕は――お前の父親なんだ」

 と、星は何の脈絡もなく唐突に言った。

「そして、全ての鍵はお前の脳髄の中にある」

「……」

 あまりの発言に、秋涼は言葉を見失った。

「お前の父親はとある組織の重要幹部で、ある実験の責任者なんだ。そしてお前が実験の要……世界の大まかな下地はお前の脳によって創られているんだ」

「そんな馬鹿な……意味が分からない……」

 突拍子もない星の話は尚も続く。

「現実の世界を否定し、空想の世界にこそ人類の進化の秘訣があると考えている組織は、今ある偽物の世界をさらに壊し、さらには現実の世界の全ての人間を夢の世界に取り込んでパラダイムシフトを引き起こし、この世の中を進化させようと考えているんだ」

「なんでお前がそんな事を……」

「俺は世界を救う秘密組織のリーダーだ。だから俺は……いま、お前の前に立っている」

「え……な、なにを」

「物語を、終わらせるんだよ」

 そう言って、星亮一は、秋涼在久の頭へそっと手を添えて――。


「夢から醒めろ――××××」

 1


 大宮優美が死んでから、秋涼はずっと家に籠もっていた。無気力になっていた。
 部屋に散乱する食べ物とゴミ。彼は自堕落に日々を過ごしてきた。
 そんなあるとき――パジャマのままリビングで茫然とTVを見ている時だった。
 
 ぴんぽーん、と自宅の呼び鈴を鳴らす音が聞こえた。

 居留守を使おうか、と秋涼は考えた。
 だが、なおも呼び鈴の音は続いた。
 しつこいな――秋涼は仕方なく立ち上がって玄関の扉を開けた。
 どうやら今は夜の時間帯のようだった。今夜はとても月が綺麗……。
 そして、扉の前にいたのは。

「こっ……こんにちわっ、秋涼くんっ」

 スーツを着こなしたショートカットの女性。

 田辺杏子だった。

「ど、どうしたんですか田辺さんっ。どうしてここが……っ」

 秋涼は驚いた。血相を変えた杏子は息を切らしていてどこか慌てている様子だった。

「い、いいから来て……とても大事な話があるの……っ」

 杏子は秋涼の顔を見るやいなや、すぐにその腕を引っ張って外の世界へ引きずり出した。

「ど、どこに行くんですかっ」
「すぐそこの路地裏……そこで人と会う約束をしてるの」
 小走りで進みながら杏子は言う。
「わ、わけが分からないっ。ど、どうして僕が……」
「それはその時に話すわ。いい、秋涼くん。あなたは……狙われてるの。もう私達に猶予は残されてない……」

 秋涼の手を握る杏子の力が強くなった――そのとき。男の悲鳴のようなものが聞こえた。

「――え?」

 それは、絶叫。それは、まるで満月の夜に叫ぶケモノの咆吼。
 杏子も秋涼も立ち止まった。2人の間に緊張が走る。

「……秋涼君。ここで待ってて私が戻ってくるまで絶対動いちゃ駄目。あと、身の危険を感じたらすぐに全速力で逃げるのよ。いいわね……絶対に来ちゃ駄目よ」

 杏子は早口でそうまくし立てると、秋涼の返事も聞かずに真っ直ぐ走り出した。声のした方角だった。
 一人残された秋涼。理解できないまま刻が過ぎる。

 彼は――自然と足を動かした。

 杏子が向かった方向へと。
 

 終。



 opening of epilogue



 四条院司査は飛行機事故の現場にいた。

 ――乗員乗客全員死亡。

 一面は焼け野原と化している。
 そこで四条院は一つの死体の前に立っていた。
 もはや男とも女とも区別のつかない焼死体。その横には、ハードケースがあった。
 
 ――四条院司査は知っている。

 この死体がいったいなんなのか。このハードケースにはどんな意味があるのか。その意味を。重大さを。
 ――失ってしまったものの大きさを。
 
「マイア嬢……あんたの意思を無駄にはしない」
 


 BLUE BURST


 亮一がわけの分からない組織を設立したのは別によかったけれど、だけど団員を増員させて、組織をもっと巨大化させようと言ってきたのにはさすがに驚いた。

「な、何言ってるんだよ亮一!」

 小学校の教室の中で、俺は声を大にしてその真意を問うた。

「はっは~! そりゃあ世界を救う組織なんだから、たった2人というのも寂しいだろ」

 と言うより、世界を救うなんて遊びで言ってただけだと思っていた秋涼。そして世界を救うっていったい何から救うというのだろうと疑問に感じた。

「なぁ亮一。組織って――って、うおいッ! 無視すんなよっ!」

 秋涼の話も聞かずに星は廊下の方に出て行った。思い立ったらすぐに行動する男なのだ。

「やれやれ……まったく付き合いきれないよ、ほんと」

 呆れながらも秋涼は星の後を追った。放っておけない性質なのだ。
 ――そして辿り着いたのはなぜか校舎の屋上。
 そこに星の後ろ姿があった。

「おい、亮一――っん?」

 そして、端の方で転落防止用のフェンスにもたれかかりながら、街を見下ろす一人の少女の姿があった。
 少女は星と秋涼の気配に気付いたのか、ゆっくりと振り返った。

「あなた達、だあれ?」

 その顔は小学生にしては大人びていて、とても綺麗な印象を受けた。栗色の短いツインテールが良く似合っていた。

「えっ……う」

 秋涼は咄嗟のことに言葉をなくしてしまった。ああ、とかうう、とか声にならない声を上げた。
 すると、秋涼の少し前に立っていた星が――。

「やぁ! オレ達は世界を救う秘密組織のメンバーだっ! 実は折り入って君に頼みがあるんだ! オレ達の仲間にならないかっ!」

 と、快活な声で高らかに言った。

「な、なにいいいいいいいい!? お前、何言ってるんだよ亮一ーーーーっっ!」

 秋涼には星の滅茶苦茶な言葉に驚いた。いくらなんでも初対面の少年にいきなりこんな話をされても戸惑うだけだろう。一体この男は何を考えているのだろう……と秋涼が落胆していると、

「……はい。私、入ります……入りたいです」

 と、澄んだ声で少女は言った。秋涼は耳を疑った。
 にやにや笑う星と、口を開けて放心している秋涼を交互に見て、少女はペコリと小さくお辞儀をして言った。

「私は大宮優美……よろしくねっ」

 満面の笑顔で言った。
 星も、ただにやにやと笑っていた。

「な、なんで……なんで」

 対照的に、秋涼は泣きそうな顔をしていた。秋涼は何も考えられないまま、ただ少女に問いかける。この状況の全てが分からなかった。
 だけど、答えはすごく単純で簡単だった。

「だって、これも――運命だからっ」

 大宮優美の声は弾んでいた。
 これが秋涼在久と大宮優美の出会いで、秋涼在久の初恋だった。


                                 第二話 終――

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